灰や土砂に1000年以上埋まっていた木のことを神代木と呼ぶ。 神の時代の木という意味だ。 埋まっていた場所の成分により色が変わり、特に緑がかった黒になる黒神代は希少価値が極めて高い。 この黒神代欅は秋田県で採掘されたもので、鳥海山から噴き出した灰によって立ったまま埋まっていたらしい。 2020年の10月に東京中央木材市場で一目惚れをして競りに参加して手に入れた。 「この先はもうお目にかかれないくらいの上物だ」と市場のオヤジも太鼓判をおした銘木中の銘木。 2021年の4月に茨城に上手な製材所があると聞いて神代欅の丸太を持ち込んだ。 大きな製材機のノコが丸太に入ると、今までの製材作業では経験したことのない男性物の香水のような甘くスパイシーな香りが立ち込めた。 丸太の製材は、どんなに高価なものでも実際に切ってみないと分からないという博打のようなもので、切ってみたら全然ダメで大損をこくなんていう事もある。 だから最初の一切り目はドキドキしながら祈るような気持ちでいる。 そして丸太の端から端までノコが通っていざ中身があらわれると、切断面は黄色と淡い緑のマダラ模様だった。 黒色を想像していたから「ハズレか?。。」と拍子抜けしていると。 「これからどんどん濃い緑になっていくから見てな」と製材所のオヤジが言った。 その言葉どおり5分、10分、15分と時を追うごとに黄色だった部分が緑色に変わっていく。 丸太から切り出された板が次々に積み上がっていくと、深みのある香りと共にひんやりとした空気に包まれて、まるで未開の森の奥深くにポツンと立っているような錯覚を覚えるほどだった。 なんだか心地がよくて、ぼんやり目を閉じていたが大きな声でハッと我に返った。 「大当たり!間違いなしの上物だ!」そう言いながら製材所のオヤジが笑っていた。 それから約2年倉庫で自然乾燥をして、待ちに待った製作が始まった。 椅子の形になるまでは順調だったが、いざ刃物の仕上げ作業に入ると何かがいつもと違う。 迷いがあるようで思うように作業が進まない。 理由は明らかだった。緊張しているのだ。 素材と向き合ってこんなふうに気圧されるのは初めてだ。 このままではまずい。 イメージどおりに迷いなく作業を進めることが良いものづくりの絶対条件だからだ。 一度手を止めて一呼吸おこうと思ったが、ここで止まったらもう戻れないような気がして作業を続ける。 まずは、刀や鉋を全体に軽く入れながら木目を覚える。 とにかく難しい。一見素直に見えるが木目が入り組んでいて刃物が入れづらく、グッと刃物に纏わりつくような何とも言えない重さがある。光の方向によって陰影にばらつきがあって削る場所が惑わされる。 しかし、こういった厄介な特徴を持つ木材ほどとびきり美しく仕上がることを知っているから少しづつ気持ちが昂る。 もう一度全体に刃物を入れて、サンドペーパーでならす。もう一度刃物を入れる。 気づけばイヤホンから流れているはずの音が聞こえなくなるほど無我夢中になっていた。 そうそうこの感覚になればもう大丈夫だ。 そうやって仕上がった木肌はしっとりとなめらかで、艶やかな黒とその深いところにある緑は、千年という途方もない時間が創った結晶のように角度によって色を変える。 その様を見て「わぁ。すごいな。。」と思いがけず独言した。 出会いから2年半にわたって向き合い、その度に初めての経験をさせてくれたこの黒神代欅。 さあ次は何を作ろうか。きっとまた新しい何かを教えてくれるだろう。 Written by Shigeki Matsuoka